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本書は、万亀のいわゆる偉人伝ではない。万亀の業績を誇るのではなく、万亀を生み出した文化風土や日本近代史の中に万亀を位置づけることを心懸けた。まず、文化風土であるが、万亀は生まれながらの偉人であったわけではない。本人の優れた資質もあったが、より大きなものは、篤誠院が鹿島に根付かせた人材を養成する力、すなわち地域の教育力によって育まれたのである。教育の振興は幕末期に全国でみられるが、その対象はほとんどが男性である。しかし篤誠院は、妻として夫を支え、母として子供を薫育する女性に対する教育にも意を砕いていた。その薫陶は、縫から万亀に受け継がれたように、家庭の中で母から娘へとしっかりと引き継がれたのである。(中略)中野万亀を主人公とした本書が、こうした佐賀の風土と文化が育んだ、忘れ去られた女性たちの姿を掘り起こす一助となれば幸いである。
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